01 / Profile 荏原えばら庸公ようこう

チベット仏教とフランスとの融合の世界

荏原庸公は、荏原朝夫、スミ子の長男として1976年12月1日に神奈川県川崎市で生まれる。

庸公が46歳の生涯を閉じるまでに残した作品は、美術雑誌のコンテストに応募した作品とインスタグラムに投稿した数点を除き、すべて未発表であり、作品の多くは数冊のスケッチブックに残していたため、鑑賞できる機会はほぼなかった。庸公の作品の公開が始まったのは、2023年10月9日、46歳でこの世を去った後のことになる。

02 / History

年譜

年号略歴・活動
1976年12月1日神奈川県川崎市生まれ
株式会社エバラ時計店を経営する荏原朝夫、スミ子の長男として出生。3〜4歳ごろ、Tシャツに動物画を描く。
1983年4月暁星小学校入学
1989年4月暁星中学校・高等学校入学
1993年4月文化学院教養高等課程美術科2年編入
(暁星高等学校2年次に中途退学)
1996年3月文化学院教養高等課程美術科卒業
1996年4月大塚テキスタイルデザイン専門学校(現・早稲田国際ビジネスビレッジ)入学
テキスタイル専門課程テキスタイルデザイン科(全日制昼間部)
1998年3月24日チベット単独旅行
中沢新一ほかチベット密教関連を探求
1999年3月大塚テキスタイルデザイン専門学校卒業
(テキスタイル作品制作)
東京日仏学院にてフランス語を研修
1999年11月文部省認定実用英語検定2級合格、Delf(フランス語認定試験)A1取得
2000年6月DelfA2取得
2000年8月France Langue(パリ)、Alliance Française(トゥルーズ)、FPI(パリ)にてフランス語を研修
※フランスのトゥルーズの語学学校で研修後、パリ在住
2001年9月ステュディオ・ベルソー(Studio Berçot)※1入学
2003年10月ステュディオ・ベルソー卒業
L'officielにてスタージュ
※服飾関連のファッションアート、課題作品多数
後に翻訳業、現地コーディネーターをつとめる
2004年1月フランス語通訳業を始める
2004年2月パリにて感染症発覚後、帰国
2005年3月ジェインズ株式会社入社(テキスタイルメーカー)
テキスタイルの布帛ふはく織物のデザインおよび企画などを担当
2005年9月季刊『みづゑ』第1回みづゑ賞イラストレーション部門応募(絵画作品3点)
2005年9月雑誌『イラストレーション』第145回The Choice応募(絵画作品3点)
2006年7月ジェインズ株式会社退職
206年9月フリーランスでテキスタイルデザイナー業を始める
2006年7月仏語翻訳業開始。デザイン、マーケティング、建築関係の資料翻訳
2006年9月株式会社エバラ時計展入社
不動産関連の事務職を担当
2010年抗HIV薬投薬開始
2012年10月FASHIOnART20012『地下フク』服飾作品出品
2015年体調くずれる、寝たきり、副作用がひどくなる
2018年8月〜9月入院、断薬しても苦痛が治らなくなった
このころ体調悪化のなか、デッサンを描く
2023年死去、行年46歳。多摩川河川敷にて9日の午後に発見される

※1 ステュディオ・ベルソー(Studio Berçot):スザンヌ・ベルソーにより設立されたパリの2年制デザイナー養成学校。